「あの…」
突然の来客に、倭の胸倉を掴んでいた妃も、そんな彼に両手をあげ降参していた倭も、同時に扉に顔を向けた。
立っていたのは、15歳位だろうか、栗毛色の髪は横だけ長く肩を過ぎる程で、後ろは短めに切り揃えている、少女のように大きな瞳と長い睫毛が印象的な少年だった。
少年は、一見“浮気が発覚した夫の胸倉を掴み問い質す妻”のような殺伐とした態勢で自分を見返してくる二人に半ば躊躇いながらも、扉の側に立ったまま口を開いた。
「ココって須堂万店てとこだよね?あの、何でも引き受けてくれるってきいて…仕事、頼みたいんだけど。 どっちが仕事屋さん??」
変わらず遠慮がちに問い掛ける少年の声に、先に平静を取り戻したのは倭の方だった。
「あ、ああー俺達両方が仕事屋だよ。」
「中へどうぞ?」
まだ少しぎこちないモノの何とか笑顔で応答した倭に続くように、妃も倭の胸倉を開放して少年を店内へ招き入れた。
折角の客を怖がらせて返すのは惜しかったようだ…。
「とりあえず、ようこそ須堂万店へ。俺がココの責任者の須堂倭。でこっちの目付き悪いのがパートナーの外海妃ね。見た目ちょっと怖いけど噛み付かないし心配要らないから」
「お前マジで追い出すぞ…」
和やかに余計な発言をする倭に再び湧き上がる殺意。明らかにこいつは自分をわざと怒らせているとしか思えない…。
「で、君は??」
しかしマイペースな倭は気にする様子もなく少年に問い掛ける。
「水池 智【みずちとも】です」
初対面時の印象を打ち消すような倭の愛想の良い笑顔につられて、智と名乗ったその少年も少し笑顔を見せた。

こういう仕事は客との相性やら第一印象が重要とはいえ、このサワヤカスマイルのまま、いつものように内容も問わずOKなんぞ出すんじゃないだろうかと内心渦巻く妃は、それでも倭の言うように客商売には向いていないであろう自分の目付きを思ってか、とりあえずは黙って自称責任者の隣りに立っていた。
他の二人のように座らずにいる理由としては(予備椅子を出すのが面倒だったというのもあるだろうが)自称何でも屋のパートナーがろくでもない仕事を引き受けた時にすかさずぼこる為というのが一番だろう。
そんな妃の心中を背中に感じたのか、倭も一応仕事モードに入った。

「よし、じゃあ智くん。その頼みたい仕事、っていうのは??」
「……等々力グループって貿易商を…潰して欲しいんだ」
真剣な眼差しで放った彼の言葉に、二人は一瞬声を失ってしまう。
こんな子供が、会社を潰して欲しいといっただけでも普通は驚くだろう。しかし問題なのは、その会社の名前だった。

「…理由は?」
戸惑いながらも、倭は言葉を続ける。
「等々力グループといえば今や世界にも手を伸ばす程の大企業だ。確かな業績も名声もあるし…」
智が口にした会社は日本でも有数の大企業。貿易関係の会社では確実にトップクラスだった。そんな所を、一体どんな理由でこの少年は潰してほしいと言うのだろうか?

問い掛けた倭の視線に、しかし智はただ黙って俯いてしまった。
答えは 返ってこない。
そんな智の様子に、一度背後の妃と視線を交わすと、倭は少々困ったように溜息を吐いた。
「言ってくれないと、仕事は引き受けられないよ?」
宥めるような声に、少年はぴくりと反応し顔をあげる。
自分を見返す智の表情に、疑問の色は更に深まる。
(何だ…?この焦りようは…)
等々力グループとこの少年の間に、一体何があるのだろうか…。
もしかしたら、他人には決して口外したくないような内容であるのかもしれない。複雑な理由があるのは確かだろう。しかし、それでも訊かないままでいるという事は出来なかった。
「理由がないのにあんな所に手を出したんぢゃあ下手したら俺達は法に背いてしまう事になる。理由があるにしろ、それが充分すぎる内容であるにしろ、君がそれを俺達に言えないっていうんなら、仕事上での信頼関係にも関わってくるからね」
「……」
淡々と放たれた言葉に、少年はまたその視線を足下に落としてしまった。
− 言わなければ…等々力には手が出せない… ―
そう言われてしまった智の手が、何かを決心したように膝の上で強く握り締められた。
(…大丈夫…ここは政府認可の…“中立”の仕事屋だから…)
心に言い聞かせ、口を吐いたのは囁くような声…。

「アイツらは…密輸商なんだ」